aida ha nani de dekiteiru ?

〈いかにしてワタシはこの本に出会ったか〉についての記録

extended peer review の問題点 覚書

Ravetzらによるpost-normal scienceスキームの提案は大きく2つ。

  • 現代社会において科学はこれまで考えられてきたような意味における「科学」ではなく、post-normal scienceというべき新たなモードであると理解するべきである
  • post-normal scienceにおいては、stakeholderをも含めた方法で科学のquality-assurenceが必要であり、これをextended peer communityと呼ぶ

RavetzによるPNS概念の提出が1990年代初頭であったからすでに20年以上たっているわけであるが、PNSスキームが現代科学の諸側面を2つの軸により明快に表現したというだけでは少々もったいない気がする。いまだにPNSに一定の求心性があると認めるならば、それは西欧においてPNSスキームをいわば"実装"した具体的な環境アセスメント体系が用いられているからであろう。それはオランダ環境評価局における「不確実性ガイダンス」などの定式化がなされていることからも言える。

一方、extended peer communityに関してRavetzは近年、ブログ上(blogosphere)での討論に一定の評価を与えている。たとえば、EAU・CRUメール流出事件(いわゆる"ClimateGate"事件)後、人為温暖化懐疑論者によるブログ上での言論活動は気候科学におけるextended peer reviewが機能した例であるといっている。

しかしながら、懐疑論者によるweb上での活動は一方で気候科学者と懐疑論者の間に実際的な意思疎通のできないものも多くみられ、また懐疑論者の主張にはしばしば非科学的(ここではnormal scienceにより既に確立された知見と矛盾するという意味)な意見がみられる。これらをくみ上げることがはたして気候科学のquality-assuranceにつながるのかという批判があった。

そもそもRavetz自身はこれまでの「科学」とは別の形の「科学」、すなわち「代替科学」の例としてホメオパシーをあげているのだが、これは以前より多くの化学者から疑似科学であるとの批判を受け続けている「科学」でもある。

このように、extende peer communityは、それ自体がアプリオリに科学の「質」の向上を保証するわけではない。local knowledgeが従来の科学的知見を補完する重要な情報を提供できうる点はいまではよく理解されているが、一方で迷信・俗説というべきレベルの情報もあって、その「質」は必ずしも保証されていない。これらのlocal knowledgeと従来の「科学」(つまりexpert knowledge)をどのように融合するか、いかに従来の意味での「科学」と同等の「質」を保証できるかは、stakeholderの単純な参加だけでは直接には解決できない問題である。「科学におけるポピュリズム(あるいは大衆迎合主義)」ともいうべき陥穽に陥る可能性も考えられなくもない(無論この懸念の妥当性についても充分批判的に検討されねばならない)。

たとえば日本においても、「ニセ科学」とよばれる「科学」に似せた外装の主張が散見される。一部の科学者による精力的な批判がつづけられているにもかかわらず、これらの「科学」は一部では信頼に値するとして受け入れられているのもまた事実である。これら「ニセ科学」はPNSスキーム流にいえば、normal scienceにおけるquality-assuranceの方法が根本的に通用しないという重要な特徴を持つ。これは前述のlocal knowledgeとはあきらかに異質である。であるにもかかわらず、「ニセ科学」は時にexpert knowledgeにも、local knowledgeにもその身を変えることができるのであり、まさにこの点で「ニセ科学」は科学の民主化にとっても脅威になりうるのではないだろうか。

 

科学論の立場では、たとえば英国の「信頼の危機」などの諸経験の反省から「科学者」だけではない、非専門家による科学への参画(いわゆるextentionの問題)が重要視されている(Collins&Evansのいう「第2の波」)だけに、これら「ニセ科学」問題へのコミットは十分でないようにみえる。

すなわちこれは、従来の「科学」が提供していたような「堅牢な」知識の「質」の保証と、大小さまざまなスケールの民主主義的な意思決定をいかに両立するか、というある意味で古典的な問題である。

現状を観察する限り、一部の「ニセ科学」は科学的知識の「質」と民主主義的な意思決定に悪影響を与える力をもっているように思われる。

 これは現在の日本のSTSのひとつの大きな課題であり、またPNSスキームにおいても大きな問題点であるといえるのではないかと思う。